BBANALY プロ野球データ分析

NPBのデータから、野球に関する議論や迷信を検証していくブログです。

「先制点を取りにいく」戦術は有効か【前編】

先制点に対する一般論

「先制点を取ることによって優位に試合を進めることができる」という考え方は野球界において一般的ですが、野球において「得点期待値を大きくすることよりも、得点確率を大きくすることを優先する」すなわち、「先制点を"取りにいく"」という戦術に特別な価値はあるのでしょうか。今回は普通の文体で書くことに飽きてきたので、ストーリー風にしてみました。分析に対する指摘は大歓迎ですが、ストーリー部分は温かい目でご覧ください笑。

 

とあるプロ野球球団の監督室にて__________

 

 

分析スタッフ(以下S):「(コンコン) 監督、お時間よろしいでしょうか」

監督(以下M):「構わんよ、入ってくれ」

 

 

ガラガラガラ(部屋に入る音)_________

 

 

M :「何の用だ? 」

 

S :「今日は戦術に関するご提案があってお伺いしました。」

 

M :「まーたデータの話かぁぁぁ...。やっと9連戦が終わったんだ、今日くらいゆっくりさせてくれ。」

 

S :「お気持ちは分かりますが監督、9連戦は2勝7敗、5つも借金を作ってしまいましたし、来週は●●との首位攻防戦も控えています。今一度、戦術に関して考え直されてはいかかでしょうか。」

 

M :「試合が終わったばかりに、頭の痛い話を...........分かったよ、俺も最近はデータを取り入れた野球をしようと色々勉強しているからな。話だけは聞くことにしよう。でも手短に終わらせてくれよ。疲れてるんだ。」

 

S: 「分かりました。では早速今回の本題に入りますね。実は監督には今後、『先制点を取りにいく采配』をやめてほしいんです!

 

M:「ん......?え........? なんて?」

 

S:「先制点を取りにいく采配をやめてほしいんです。」

 

 

 

 

 

 

 

M:「な、何を言っているんだ!!!!バカモーーーーーン!!!!!!」

 

 

 

 

 

監督帰宅

 

 

 

 

 

 

 

翌日____________

 

 

 

 

 

 

 

S:「(昨日は監督怒らせちゃったな...まだ怒ってんのかな....)

(コンコン) 監督、お時間よろしいでしょうか」

 

M:「ああ。入ってくれ。」

 

 

 

ガラガラガラ_________

 

 

 

S:「あの、昨日はすみませんでした。監督を怒らせてしまって。」

 

M:「いやいや、俺の方こそすまなかったよ。疲れていたのもあって、ついカッとなってしまったな。申し訳ない。」

 

S:(よかった....)

 

M:「実はあの後、俺なりに先制点に関するデータを集めて考えてみたんだよ。先制点について。」

 

S:「ほんとですか!?それで.....どうでした??」

 

M:「やっぱり、先制点は取りにいくべきだと思うんだ。なんせ、先制点を取ると勝率が上がるデータがあるからな

 

S:「(先制点を取ると勝率が上がるデータ...?) よければその話、詳しく聞かせてくれませんか。」

 

M:「もちろんだとも。

 

俺は「先制点」と「勝率」の関係を調べることで、先制点の重要性を確認してみたんだ。2016~2018年のNPB公式戦全試合のうち、引き分け50試合を除く2524試合を対象として調べてみた。

 

(1)先制点を取ったチームの勝率

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先制点を取ったときの勝率

調べた結果によると、先制したチームには勝率7割もあるんだぜ。すげーだろ。

 

 

 

 

(2)先制点を取ったタイミングと勝率

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先制点を取ったタイミングと勝率

お前が先制点を取りにいかない方がいいと思うのは、もしかしてこのデータを見たからか?

確かに、先制点を取ったタイミングとの関係を調べると、序盤(1~3回)、中盤(4~6回)、終盤(7~9回)と回を追うごとに勝率が上がっているから、先制点は遅ければ遅いほど良い。

でもこれは回が進めば進むほど、相手の反撃する機会が減るからだろう。当然の話だ。

 

どうだ。「先制したチームの勝率は約7割。」これが先制点の持つパワーなんだよ。こんな大事な先制点、取りにいかないわけにはいかないだろう。

 

 

S:「なるほど。監督なりに色々考えて頂いたんですね、ありがとうございます。しかし監督、『先制点を取った方が勝率が高くなるから、先制点を取りにいくべき』という考え方は実は危険なんです。」

 

M:「ん....? え...なんて?」

 

S:「先制点を取った方が勝率が高くなるからと言って、先制点を取りに行った方が良いとは限らないんです。」

 

M:「(ぐっとこらえる) そうなのか。でも俺には、なぜ先制点を取りに行った方がいいとは限らないのか、さっぱり分からない。」

 

S:「少し説明してみますね。

 

 

(1)先制点を"取った"ことに対する評価

まず初めに、先制点を"取った"ことの価値を考えます。そのために、「先制点を取ったことの価値」をどのような式で表すことができるのかを考えます。

 

野球の構造を考えたとき、「真の能力が高いチームの方が先制しやすい」ことに疑いを持つ方はほとんどいないですよね。

(ここでの「真の能力」は「長期的に見て得点を多くとることができ、失点を小さく抑えることができる」と定義されることにします。すなわち、「真の能力が高いチーム」は「平均得点が高く、平均失点が低いチーム」ということができます。)

平均得点が高いチームは任意のイニングにおける平均得点も高くなり、平均失点の低いチームは、任意のイニングにおける平均失点も低くなる関係にあります(相当偏った打順を組まない限り)。

一般に、任意のイニングの平均得点(失点)が大きく(小さく)なれば、任意のイニングの得点(失点)確率も大きく(小さく)なるため、「先制点を取りにいく」戦術を使わずとも、結果的に先制点を取りやすくなります。

つまり、「先制点を取るか否か」と「勝利するか否か」は、そもそも「真の能力」に依存します。「先制点」には真の能力が反映されているわけですから、「勝利」につながるのは当然のことです。

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真の能力、先制点、勝利の関係

 

「先制点を"取った"」を評価するためには、この「真の能力」が「勝利」へ及ぼす影響分を取り除く必要があります。そのことを踏まえると、「先制点を取ったことの価値」は次のように表せます。

 

(先制点を取ったことの価値)

= (先制点を取った後の勝率)  -  (先制点を取る前の勝率) 

 

つまり、元々持っていた勝利見込と、先制点を取った後の勝利見込の差が、「先制点を取ったことの価値」であるといえます。先ほど監督に見せていただいたデータは、「先制点を取った後の勝率」であって、「先制点を取ったことの価値」にはなりません。

 

 

(2)先制点を"取りにいく"ことに対する評価

「先制点を取ったことの価値」がある程度整理できたので、次は「先制点を取りにいくことの価値」について考えます。監督は先制点を取りにいくことに価値があるとお思いだから、先制点を取りにいく戦術をとるんですよね。  監督「うん。」

結果としての先制点、すなわち「先制点を取ったことの価値」には、「先制点を意識し、得点確率を上げることで先制点を取りにいく」戦術の結果としての「先制点」と、「先制点を特に意識せず、得点を多くとる」戦術の結果としての「先制点」が混在しています。

ここでは、「先制点を取りにいくことの価値」が知りたいのですから、「意識せずにとった先制点」による価値は取り除くべきでしょう。先制点であろうとなかろうと、結果的に「1点」を取った後の勝率は野球の構造を考えれば当然上がるはずですから、その上昇分は取り除かなくてはなりません。

このことは、能力が5分5分のチームが対戦し、1回終了時点で後攻チームが1点リードしていたとすると、その時点での後攻チームの勝率は「1-0から始まる8イニングの試合の勝率」とほぼ同じ値を取るため、先制点を意識していようと、なかろうと、「1点」によって後攻チームの勝率が高くなることで説明できます。

 

(先制点を取りにいくことの価値)

= (先制点を取ったことの価値) - (1点が持つ価値)

 

先ほどの式と合わせると、

(先制点を取りにいくことの価値)

= (先制点を取った後の勝率)  -  (先制点を取る前の勝率)  -  (1点が持つ価値)

 

分かりにくいのでスケールを勝率に合わせると、

(先制点を取りにいくことで生まれた勝率上昇分)

= (先制点を取った後の勝率)  -  (先制点を取る前の勝率)  -  (1点が持つ勝率上昇分)

 

このように定式化することができます。先ほどの「先制点を取ったチームの勝率は70.5%」は、「先制点を取りにいくことで生まれた勝率上昇分」を計算する式の一部であり、「先制点を取りにいく」戦術が有効なのかを示す手段にはなりません。「70.5%」を利用したいのならば、上の式の他の項を求めて「先制点を取りにいくことで生まれた勝率上昇分」を求めなければいけないのです。

 

どうでしょう、監督。」

 

 

M:「なるほど。『先制点を取ったチームの勝率』の裏には、このようなからくりが隠れていたんだな。難しい.......。それで、Sくんはこの式を計算することで、『先制点を取りにいくことの価値』がないことを発見したのかい?」

 

S:「それが....、上の式を見てわかるように、『先制点を取りにいくことの価値』を計算するためには、『先制点を取る前の勝率』を求める必要があるんですが、これは真の能力を基にその日の先発ピッチャー、スターティングメンバ―等を考慮して勝率予想をすることと同じなので、求めることが非常に困難なんです。なので、この式から『先制点を取りにいく』戦術が有効であるか、有効でないのかは判断が難しいんです。すみません。」

 

M:「そうかそうか。.......でも、君は『先制点を取りにいくべきでない』ことを私に提案しに来たのだから、他に何かしらのデータを持ってきたのだろう?」

 

S:「はい。私が考えたのは、

 

(得点期待値表を基に計算することによって得られた)得点期待値を最大化する戦術こそが最適な戦術だ」という立場からの評価です。この考え方はセイバーメトリクスの根底にある「勝利するためには、なるべく多くの得点をとり、できるだけ失点を小さく抑えることが必要」という考え方に基づいています。

(得点期待値表とは、過去の統計からある状況(アウトカウント、ランナー状況)ごとの得点期待値を回帰的に求めた表のことで、イベントの価値を評価するために最もよく使われるデータの1つです。)

1.02 - Essence of Baseball | DELTA Inc.

得点期待値を最大化することを最優先し、得点期待値表を基に戦術を評価すると、「先制点を取りにいく」は「得点"期待値"を最大化する戦術よりも、相手より先に得点するために得点"確率"を最大化する戦術を選択する」ことだと捉えられるでしょう。

少しごちゃごちゃしてきたので、ここで「得点期待値を最大化する戦術」を①、「得点確率を最大化する戦術」を②として、戦術を整理します。

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戦術の整理

「先制点を取りにいく」という戦術は表の色付けされた部分に該当します。

Yes-Yesのマスは一見「先制点を取りにいく」戦術のように見えますが、あくまで「取った得点が結果的に先制点だった」に過ぎず、先制点をとることを重視した結果ではないため、「先制点を取りにいく」戦術として捉えることはできません。

このことから、今回の「常に得点期待値を最大化する戦術こそが最適な戦術である」という立場から考えると、「先制点を取りにいく」戦術はとるべきではないという結論を出すことができます。

 

いかかでしょうか。」

 

 

M:「う~~ん。言いたい気持ちは分かるんだが、少し話が抽象的過ぎやしないかい?そもそも、私は先制点を取りにいく戦術が「一時的に得点期待値を下げる」ことくらいは理解しているんだよ。問題はそこではなくて、「先制点」という結果が、「その後の試合に特別な作用をもたらす」と考えているんだ。1点目が入れば、2点目3点目も入りやすくなるというだろう。つまり、「一時的に得点期待値を犠牲にして、得点確率を上げる」戦術が、「試合全体で見たときには得点期待値を最大化したことになっている」と思っているんだ。『先制点を取りにいく』戦術が無効だと思うなら、そこを議論してほしい。」

 

S:「なるほど、確かに『得点期待値を最大にする』ことはセイバーメトリクスの基本的な考え方ですが、勝敗を決定するのは、『1イニング』ではなく、『1試合』なのだから、『1試合単位での得点期待値を最大にする』ことが肝心だとお考えなのですね。それは一理ありそうです。」

 

M:「でしょ? でもどうやって調べればいいのだろう。」

 

S:「とりあえず、今日監督とお話したことを他のスタッフとも共有して、具体的な調査方法を模索したいと思います。今日はとりあえずこれで.....」

 

M:「まってくれ。いい案を思いついた。」

 

S:「なんでしょう。」

 

M:「先制点を取る前と、先制点を取った後のパフォーマンスの差に注目すればいいんじゃないか? 先制点を取る前と取った後で、明らかに成績に差があれば『先制点がもたらした作用がある』といえる。」

 

S:「確かに、それであれば『先制点によって生まれた何か』を確認できそうです。近いうちにまとめておきます。」

 

M:「よろしく頼む。」

 

 

 

後編へ続く________________

 

hihrois-1104o.hatenablog.com

 

 

 

 

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